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人口シュミレーションと人口ビラミッド予想

前回の人口ビジョンに示された「人口予想グラフ」
今のままでは2060年(平成78年)には21万9千人まで減少するということでした。

同時に、人口ビジョンには良くなった場合の幾つかのパターンが示されています。


パターン④ 出生率が2030年までに1.8、2040年までに2.07になり、かつ、若者の移動率をゼロにした場合
パターン② 出生率が2030年までに1.8、2040年までに2.07になる
パターン③ 出生率が2040年までに1.8、2060年までに2.07になる
パターン④ このまま推移した場合(2014年合計特殊出生率である1.42のまま推移した場合)

ちなみに、合計特殊出生率が2.07にになって初めて、人口が維持できるとのことです

人口シュミレーション

茨木市としてのスタンスとしては、出生率の増加のために限られた財源でより効果的な施策を打つこと(子育て支援の拡充、労働環境の改善など、有効な施策が何たるかについては様々な議論があると思います)ですが、

私は、茨木市としては最悪を見越して考える必要があると思っています。

将来予想を甘く考えたいというのが人間だと思うからです。


実際に振り返ると、昭和59年に確定した茨木市総合計画作成の中で、本市は以下の人口予想をしています。

「3目標年次と人口 昭和75年(2000年)を見通し、昭和70年(1995年)に目標年次を設定。将来人口は70年に約31万、75年に約35万と推定している」

昭和59年(1984年)当時からみた、昭和75年(2000年)は今から見るとやや楽観的に見えなくもないと思います。
1989年のバブル崩壊まで、絶頂の日本経済の中ではどうしても未来を期待をしてしまうと思うからです。
現実に平成12年(2000年)の茨木市の人口は、約26万人。
当時予想された35万人からは、約9万人も少ない結果となっている訳です。

では、上記パターン①とパターン④の人口ピラミッドをみてみましょう。

人口ピラミッド

これをみると、最高に楽観したパターン④になって初めて、筒型になり持続可能な人口構成に近ずくことがわかります。
このまま推移するパターン①なら、なおやや逆台形になって先行きが不安な状況とわかります。

何れにしても、人口ピラミッド平成22年から考えて
第1次ベビーブーム、そして私も含めた第2次ベビーブーム世代が終わるまでは大変な時代が続くということです。

この私も含めた第2次ベビーブーム世代が、次世代に何を残すことができるかが問われていると思います。
次世代にツケを残さない。
次世代に持続可能な社会を残すために、今すべきことを議論する時期がきています。

茨木市 人口ビジョン

本年2月に示された「茨木市人口ビジョン」の冒頭グラフ。

人口推移01

要は、これから初めて人口が減るという事実。(もう減っている自治体もありますが)
(高齢化率の急増については別の機会にします)
つまり、人口が減るという重みをどれだけ考えられるかがポイント。

人口が減ると税収が減る、同時に経済活動も減少する。
今まで通りの施設整備を考えていたら、後で大変なことになる。
固定費を増やさないこと。固定資産を抱え込まないこと。

シュリンクする経済環境を見越して行政サービスを考えないといけない。
人口が減り、高齢者が激増し、子供が減少する。
経済のグローバル化の中で地域経済はますます格差が広がる可能性がある。

地域資源を使う。地域経済をまわす。地域経済から新しい価値を生み出す。
定常型の経済モデルを作らなければならないと思うのです。

自治体経営も当然厳しくなる。
広域連携を増やさなければならないと思います。
近隣自治体との連携を進める。できるところから、例えば、消防、ゴミ処理などからはじめる。
前向きな事業としては観光の広域化は必須。

広域連携の先には、政令市も視野に入れる必要がある。
その先に道州制があるから。

とにかく、これまでと同じ発想で政治も行政を進めていても確かな未来はつかめない。
一地方議員としてこの点を自覚して仕事をしていきたい。

縄文時代、茨木市中心部は海の中

郷土史関連の本を読んでいたら面白い地図がでていました。

縄文前期(約7000〜6000年前)の海岸線を見たら、茨木市中心部は海底です。
その本では次のように書かれています。
『今から7000年前の大阪湾は枚方付近まで入り込み、茨木市の中心部は当時海底でした。』

また同じ地図には縄文時代後・晩期の海岸線(約3000年前〜2000年前)もありこの時代には茨木市の牟礼あたりは陸地になっていることがわかります。

福井地域、安威地域の古代遺跡について調べると非情に興味深く思われます。


大阪湾古代地図

松下幸之助「道」

最近何度も読み返している文章があります。
松下幸之助の「道」です。

政治の現場にいると「本当に大事なこと」を見失いかねない状況に出くわします。
そんな時自分の「道」を見つめなおします。
原点から考え直します。

私の政治の最初の原点は「信頼される政治」です。
リーダーが信頼されないチームでは、良いチームになるはずがない。
同時に政治家が信頼されなければ、いい町をつくるエネルギーが生まれるはずかない。
私の最初の原点から、29歳の時政治家を志し、皆様のご支援のおかげで当選することができた次第です。

あの時の原点は今もしっかり自身の志であります。自身の道を歩む指針の一つです。

松下幸之助 「道」
自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない。自分だけしか歩めない、二度と歩めぬかけがえのないこの道。広い時もある。せまい時もある。のぼりもあればくだりもある。坦々(たんたん)とした時もあれば、かきわけかきわけ汗する時もある。


この道が果たしてよいのか悪いのか、思案にあまる時もあろう。なぐさめを求めたくなる時もあろう。しかし、所詮はこの道しかないのではないか。あきらめろと言うのではない。いま立っているこの道、いま歩んでいるこの道、ともかくもこの道を休まず歩むことである。自分だけしか歩めない大事な道ではないか。自分だけに与えられているかけがえのないこの道ではないか。


他人の道に心をうばわれ、思案にくれて立ちすくんでいても、道はすこしもひらけない。道をひらくためには。まず歩まねばならぬ。心を定め、懸命に歩まねばならぬ。


それがたとえ遠い道のように思えても、休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる。
深い喜びも生まれてくる。

(松下幸之助著 『道をひらく』PHP出版より)

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プロフィール

mitsuo383

Author:mitsuo383
茨木市議会議員。
4期。

林英臣政経塾 塾頭

自民党茨木市支部幹事長

1971年4月11日生。
亥年。
AB型。
おひつじ座。
男。

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